大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

石田淳「安保法制と関係諸国:誤解と不信を生まぬために」(朝日新聞)

2015.06.24

20150624東京大学の石田淳先生の朝日新聞でのコラムです。先日の藤原先生に続いて、国際政治学からの非常に示唆的な論考です。要点を掻い摘んで言うと、次の通りです。

①国家安全保障とは、国家が重きを置く価値に対する脅威を減らすことである。②憲法上の制約に反しないよう、慎重に検討すべきである。③「意図」を明確に伝えることが対外的な効果を生む。④意図の誤認は武力紛争の可能性を高める。⑤「攻撃には断固反撃する」と威嚇しながら「例外的な事態でしか武力を行使しない」と約束することが重要。しかし、これを周囲に理解させることは難しい。⑥民主国家の対外的な意図の表明は、国内の有権者に対する公約ともなるため説得力を持つ。⑦戦闘員だけでなく非戦闘員の犠牲を正当に評価する姿勢が必要。⑧政治行動は、それが体現する理念ではなく、それがもたらす帰結を基準として評価すべきである。⑨安全保障政策が目的を達成できるかどうかは、関係諸国がその国の意図を正確に認識できるかにかかっている。​

これまた国際政治学のエッセンスが非常にコンパクトにまとめられた論巧と言えるでしょう。①では安全保障の目的とは国家の価値への脅威を減らすことであると述べています。価値とは多義的な言葉ですが、ここでは領土や資源など物理的価値の安全保障だけでなく、政治体制や憲法など規範的価値の安全保障も含意されています。民主主義国家の規範的価値とは何よりも立憲主義であり法治主義です。したがって、②憲法の制約は尊重しなければなりません。安全保障のための実力を保持すると同時に憲法の制約の下で法的基盤を整備していく必要があります。他方で、脅威とは何でしょうか。③脅威とは、相手側の「意図」と「能力」の掛け算です。逆に言えば、「意図」を明確に伝えることが良好な外交関係を築くことになります。したがって、④意図を誤認すれば紛争の可能性が高まるというわけです。このように①→②、③→④は論理的に連結しており、価値に対しての脅威を減らすことが安全保障であり、それは端的に民主主義国家の価値を体現している憲法を尊重することである、というわけです。さらに脅威とは相手の「意図」と「能力」の関数であり、能力だけでなく意図を正しく見極めなければならない、ということが述べられています。

⑤は所謂「しっぺ返し戦略」です。基本的には友好的な態度をとるが、裏切られたら全力で報復するという戦略です。「攻撃には断固反撃する」が、自分からは攻撃を仕掛けないということです。言うまでもなく、この戦略では「自分からは何もしないが、やられたらやり返す」という意図を相手に明確に伝えること(シグナリング)が重要になります。安保法制で言えば、法案を法律にしてそれで終わりではなくて、そのメッセージ(もしあるとすれば)を正しく関係諸国に伝える、知ってもらう必要があります。そうした外交努力の積み重ねが、意図を誤認するリスクを減らし、紛争回避へとつながっていきます。

⑥もとても大事なことですが、通常は民主主義国であっても外交や安全保障について明確に言及することはなかなか難しいところがあります。明確な言及が政治的な拘束力(行動の制約)へと帰結するからです。逆にいえば、にも拘わらず、国家が明示的な言及をすることは、有権者に対しての約束にもなりますし、それが国際的には説得力、信頼感を生みだします。

⑦も当然のことで、戦闘員だけでなく非戦闘員の被害の程度も想定する必要があります。何よりも、⑧政治行動は、目先の印象論や抽象的な理念ではなく、それがもたらす具体的な帰結を基準に評価されなければなりません。モーゲンソーをはじめとするリアリズムの主要テーゼのひとつです。もちろん、これは抽象的な理念や規範を考える必要はないということではありません。そうした理念や規範を追求することとは別に、具体的な利害計算という視点を持たなければならないということです。先述の戦闘員/非戦闘員の話も、理念とは別に具体的判断としてどのような帰結がもたらされるのかを客観的に評価する必要があります。このように、あらゆる政治行動はその具体的な帰結によって判断されます。この文脈でいえば、集団的自衛権の行使を容認するということに止まらず、それによって具体的にどのようなメリット、デメリットが生じるのかを冷静かつ客観的に判断しなければならないということです。

最後に⑨安全保障政策が目的を達成できるかどうかは、関係諸国がその国の意図を正確に認識できるかにかかっている。​このことは③④とも重なりますが、相手国の能力だけではなくその意図も正確に認識しなくてはなりません。相手国の意図を誤認することは紛争の危険性を不必要に高めることになります。安保法制に関しては、米国はもちろん、中国、韓国、ASEANなどの関係諸国が利害関係者となるわけですが、果たして日本は米国や中国の意図を正しく認識しているでしょうか。これはとても重要な問題です。

先日の藤原先生の論考では、軍事/外交という対比の中で安保法制の問題を考察し、どのような政策オプションをどのようなタイミングで選択すべきかという「行動の内容」に焦点があったように思います。対して、今回の石田先生の論考では「脅威」の認識、とくに相手国の意図を正しく理解するという「行動の捉え方」に重点があったように思いました。いずれも国際政治学理論に即して具体的問題を如何に理解するのかという示唆的な議論が展開されていたように思います。


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