大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

国際政治学者の存在意義

2015.07.10

20150710こちらも先日ask.fmで受けた質問です。法学部パンフレット作成のインタビューでも似たようなことを答えたのですが、とても大事な問いだと思いますので、こちらにも貼っておきます(この回答に関しては結構言いたいことを言い尽した感があるので(笑)、追記はなしで)。

他でもしお答えになっていたら申し訳ないのですが、国連職員ではなく研究者の道を選択された先生にとって国際政治学者の存在意義・役割ってなんですか?

①おそらくその質問に答えるためには、私がなぜ研究者になろうと思ったのかを答える必要があると思います。もっともシンプルな答えとしては、当事者としてではなく、一歩離れたところから問題の本質や問題解決のメカニズムを考える「研究者」という仕事により大きな意義を感じるようになったから、ということになります(この直接のきっかけは後述②です)。もちろん、当事者にしか分からない問題もありますし、当事者でないからこそ分かる問題もあります。実務と研究、両者ともに大事な仕事ですが、大学院時代の自分にとっては後者の方により強い関心が向いていたのだと思います(これもやはり②がきっかけになっていると思います)。

②修士論文を書いていたときに9.11が起こり、「テロリスト」「文明の敵」「悪の勢力」「ならずもの国家」と政治的な二分法が次々と生産されていくのを見て政治的な「言葉」の恐ろしさに衝撃を受けました。同時に、政治的に用いられる言説や概念に強い関心を持つようになり、政治言説の研究を志向するようになりました。

③で、ようやく本題に入りますが、結局、自分の問題意識は「コトバ」の力は何か?ということなのだと思います。たとえば、「差別」「抑圧」「暴力」「いじめ」「ハラスメント」「ドメスティック・バイオレンス」などのコトバがない世界というのを想像してみてください。みんな不快感や閉そく感がありながらも、それを上手く表現できない社会になるのではないでしょうか。不満があってもそれを上手く言葉にできない、何を根拠に文句を言えばいいのかわからない、そういう社会ではないでしょうか。

偉そうに聞こえるかもしれないので、普段この話はあまりしないのですが、研究者の存在意義や役割というのは、目の前にある具体的な問題を解決することにあるのではなくて(この点については、むしろ研究者は不得手ではないかと思います)、そういう問題の背景にある事象や認識を分析して、私たちが自明視している「常識」や「言説」を批判的に考察し、新しい「概念」や「理論」をつくりだすことじゃないかと思います。「概念」というとただの理屈かと思われるかもしれませんが、たとえば「ハラスメント」や「ドメスティック・バイオレンス」という概念がなければ、いまも私たちはよく分からない社会的圧力や抑圧に苦しめられていたかもしれません。もちろん、「概念」をつくったところで、なにか問題が「解決」したり、すぐに誰かが「解放」されるわけではないのかもしれません。しかし、少なくとも「解決」「解放」のための重要な一歩になるとは言いうるでしょう。そして、この「概念をつくる」という仕事こそ、研究者が最も得意とするところである、と私は思っています。

これを国際政治学というコンテクストで考えると、世界には言語や文化、価値観の異なった国家が同居しています。争いや対立は絶えません。それ故に、求心力・影響力を維持するための正当化のコトバ、またはそれに挑戦するような批判のコトバが飛び交うことになります(良い意味でも悪い意味でも)。国際政治はそういう「コトバの政治」で溢れています。だから、どういう言葉で世界を描写するのか、その選択の中にイデオロギーや党派性が生まれます。そこで、そういうコトバを分析することで、あるいは対立を克服するための「概念」を導くことで、そこに解決と解放の道筋が開かれるのではないかと思っています。もちろん、コトバの力で世界を解放してやろう!とか大それたことを考えているわけではありませんが、政治を取り巻いているコトバ、その魅力と魔力を研究することで、対立のより深い原因を探ることができると思いますし、その先には人々の認識が変わり、社会がより良くなっていくような道筋が開かれる可能性もあるのではないか、そういうことを考えたりしています。おそらくそれが、私が考える「概念」や「理論」の意義であり、国際政治学者という職業の役割ではないかと思います。

※国際政治学者の存在意義ってなんですか?という重いテーマのためか、回答がややナイーブになっております。その点はご了承ください。

 


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