大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

外交と安全保障

2015.07.18

20150718先日、7月16日の毎日新聞福岡版にてインタビュー記事が掲載されました。なんと毎日の記者さんはこのブログを読んで、コンタクトを取ってくれたようです!

具体的な内容はここでは割愛しますが、簡単にその問題意識を綴ってみたいと思います。外交と安全保障は国際政治の二本の柱であって、いずれか一方にのみ依拠して二国間または多国間交渉を行うことはできません。たとえば「安全保障(軍事力)に依拠しすぎた外交」が安定よりも混乱を招くものであるということは歴史の示すところです。またグローバル化の進展に伴って安全保障の重要性にも変化が見られますので、ますます安全保障に依拠した路線が「取り扱い注意」の選択肢であることは疑いありません。そのような視点で考えると、安倍内閣の路線はあまりにも安全保障の領域に傾斜しすぎており、記事にも書いた通り、いまなすべきは効果の乏しい安保法案ではなく、国連などの多国間協議の場を通じた地域秩序の安定です。

・・・というのがこの記事に至る私の問題意識なのですが、記者の方とお話をする中で抑止力の話になりました。この部分は記事には反映されていませんが、個人的にはこだわりのある部分でもあるので、以下簡単に述べてみたいと思います。

冷戦構造が崩壊し、さらにイラク戦争での失敗を受けてアメリカの世界戦略はオフショア・バランシング(沖合からの均衡戦略)へと明確に変化してきています。これまでにもそうした兆候はありましたが、オバマ政権以降はかなり明示的にその傾向が現れています。簡単に言えば、世界の緊張や紛争に対してなんでもアメリカが介入するのではなく、抑止力を維持するなど地域の安定を維持するための仕事は同盟国に任せ、本当にどうしようもなくなったときにアメリカが介入するという考え方です。これがオフショア・バランシングです。

その上で、アメリカがオフショア・バランシング戦略をとるということは何を意味するのかと言えば、日本も抑止力を維持するためのコストを払わなければなりませんから、アメリカにおんぶにだっこで良かった冷戦期に比べて、「日本がアメリカの戦争に巻き込まれるリスク」は当然に現在のほうが高いということになります。同盟国がアメリカの抑止力のコストを共に負担するわけですからこれは当然です。

では、その上で東アジアには中国という不安定要素があります。南シナ海では活発に活動しています。では、中国の行動を思い止まらせる、大人しくさせる(抑止する)という意味において、今回の法案がどの程度の意味があるか、つまり今回の法案が抑止力になるかということを考えてみましょう。

仮に法案が成立し日本が集団的自衛権を行使できるようになったとして、日米中の関係が緊迫化するシナリオとしては以下の三つが想定されます。

  • ①中国がアメリカを武力攻撃する場合
  • ②中国が台湾・フィリピン・ベトナムなどの周辺国を武力攻撃し、かつアメリカが軍事介入する場合
  • ③中国が台湾・フィリピン・ベトナムなどの周辺国を武力攻撃し、しかしアメリカが軍事介入しない場合

これらのケースをそれぞれ検討してみましょう。

①このケースでは「密接な関係にある他国」であるアメリカが攻撃を受けているわけですから、新三要件に則って、日本が集団的自衛権を行使することができます。しかし、現時点で中国が直接的にアメリカとの戦争を選択する可能性は低いので、このケースはまずあり得ないのではないかと思います(10年後20年後は分かりませんが、少なくとも現時点ではこれはありえないシナリオでしょう)。

②このケースは、「密接な関係にある他国」の解釈次第ではありますが、日本が集団的自衛権を行使することは法理上は可能です。またアメリカが介入することが分かっていれば、政府はなんとかしてそういう解釈をするような気もします。しかし、中国はアメリカが軍事介入することが分かっていれば攻撃をしない、またはアメリカが介入してきた時点で手を引く可能性が高いのではないかと考えられます。理由は①と同様に、中国は、アメリカと直接対決することを避けようとするからです。

③中国が武力行使するとしたらこのケース以外は考え難いのではないかと思います。また中国としては、アメリカが介入してこない程度の「小規模の小競り合い」を周辺国に対して仕掛けてくる可能性が最も高いのではないかと思います。その場合に、この「小規模の小競り合い」において、日本が集団的自衛権を行使するか否かが問題となります。この場合は政策判断の問題と法理上の問題があります。

まずは法理上の問題ですが、「小規模の小競り合い」というケースで新三要件、とくに「密接な関係にある他国」、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」、(武力行使以外に)「他に適当な手段がないこと」を満たすのは、かなり厳しいのではないかと考えられます。したがってこのケースでは集団的自衛権の行使はほぼ不可能ではないかと思います。

さらに政策判断の問題として考えてみると、アメリカが介入しないのであれば、日本が単独で台湾・フィリピン・ベトナムなどの周辺国を支援するための行動をとるとは考え難く(そもそも小規模の小競り合いであれば何もしないかもしれません)、仮に支援をしたとしてアメリカ抜きの状態でどれほどの効果が期待できるか未知数です。

以上のように、新三要件を満たしうる可能性がかなり低く、政策上のメリットもあまり期待できないことから、この唯一有りうるであろう③にケースにおいて日本が集団的自衛権を行使することはないのではないかと思います。むしろ中国が武力行使をしてくるとしたら、そういう状況を意図的に選択して、つまり③の状況が生じるようにタイミングを見計らって、行動に出ると考えられます。結果として、日本が集団的自衛権の行使容認をしてもしなくても、中国の意思決定には影響を与えない(どちらにしろ中国は③の行動をとって、日本が集団的自衛権を行使できないような状況を作ろうとする)ということになるのではないかと思います。

以上のようなことから、今回の法案が新たな抑止力になることもないし、中国の行動に対して何らかの歯止めとなる可能性も極めて少ないと考えられます。

 


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