大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

再び要望書について

2017.05.24

先日の「河野太郎の大学の悩み聞きます」(5月21日於東京大学)について、「ふたばの日記」さんがブログで取り上げておられ(「河野太郎の大学の悩み聞きます@東京大学五月祭」に関する考察)、とくに私たちの要望書について貴重なご意見をたくさん頂いた。必ずしも同意できるものばかりではないが、頂いた意見をもとに自分の考えを整理し、私見を述べておきたい(以下、項目名は基本的に「ふたばの日記」さんのブログに拠っているが、ナンバリングはこちらで勝手にしている。四角の囲み内は「ふたばの日記」さんの当該エントリーからの引用)。

1)権限の問題

類似の論点は他の方々からも出されているが、まずは本件の要望を河野議員に持ちかけることの是非である。

…国立大学法人はあくまで国から独立した法人であり、政治家⇔行政(文部科学省)⇔国立大学というラインで上位から権力行使されるのは可能な限り抑制されるべきだと思うからである。(中略)本来ならば自主的に解決されるべき事象であり、政治家経由の介入が頻繁に行われたという事実を作ることが将来に悪く響かないことを願っている。

この点についてはかなり誤解があるようなので、いくつかの論点に分けて説明してみようかと思う。

①まず、要望書で求めているのは「競争的資金の間接経費の執行に係る共通指針」(平成13年4月20日/競争的資金に関する関係府省連絡会申し合せ。以下、共通指針という。)の見直しであり、要望1~3はいずれも共通指針に対応している。共通指針は「競争的資金に関する関係府省連絡会申し合せ」であり、これは公的研究費制度として競争的資金の配分機関または配分機関を監督する官庁が文科省を含めた一府八省にまたがっているためである。

したがって、「政治家―行政(文部科学省)―各大学」の関係というよりも、文科省も当然そこに包摂されるが「政治―行政(一府八省)―配分機関―各大学」という構図があり、複数の関係府省にまたがった政治マターの課題であると認識している。さらに言えば、研究の生産性向上は国の成長戦略(日本再興戦略2016)にも科学技術基本計画にも組み込まれているし、何よりも税金をどのように有効活用するのかという問題なので、公的研究費に伴う間接経費の趣旨や使途について国が一定の責任を持つのは自明のように思われる(少なくとも私はそう考えている)。

②言うまでもなく、要望書は各大学での間接経費の運用のあり方を強制的・一意的に決定し、使途を限定するということを企図したものではない。現行共通指針が「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善」・「研究機関全体の機能の向上」を目的として規定しているにも拘わらず、現状でその目的は達成されておらず、かかる「現状の失敗」の原因は共通指針の規定が曖昧に過ぎ、明確性を欠いていることに起因すると考えている―裁量性がきわめて高く、結果的に研究の生産性向上を妨げている。

したがって、「研究開発環境の改善」のための使途を明確化する責任が国にはあると考えるが、その上で、具体的にどのような比率で「研究開発環境の改善」を行い、具体的に何に使うのかということは各大学が判断することである、という考えである(その意味で、要望書は共通指針の趣旨の徹底化・使途の明確化を求めているのであって、各大学の運用そのものを特定の方向に導くことを企図するものではない。あくまでも具体的な運用は各大学が判断することであり、(各大学において)「自主的に解決されるべき」という意見とも本質的に矛盾しないものだと考えている。

③前述の「趣旨の徹底化・使途の明確化」の意味するところを明らかにするために、今回の各要望と現行共通指針との異同を示しておく。以下の通りである(赤字は大賀補足)。

要望書 現行共通指針
要望1 間接経費の執行にあたっては、従来不分明であった「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善」と「研究機関全体の機能の向上に活用する」を経費として区別し、前者に一定以上の比重を置く。 「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善」と「研究機関全体の機能の向上に活用する」旨の規定は共通指針の「3.間接経費導入の趣旨」、「6.間接経費の使途」において言及されているが、経費としては区別されておらず、両者の割合についても規定されていない。
要望2 「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善」の使途には、研究者の研究時間を確保するため以下のものを含めること(但し、直接経費で雇用できる場合を除く)。
1.被助成研究者へ直接配分する経費。
2.被助成研究者の教育負担軽減を目的として雇用する非常勤講師の人件費。
3.被助成研究者の事務負担軽減を目的として雇用する研究支援者(研究事務その他関係者)の人件費。
4.被助成研究者の研究支援を行う研究支援者(リサーチ・アシスタント等の研究補助者及び技能者)の人件費。
5.ライフ・イベント期間中(育児・介護等)の被助成研究者の研究を補助する研究支援者の人件費。
6.被助成研究者が常勤・フルタイムの研究者でない場合(有給・無給の別を問わない)においては、被助成研究者への人件費・謝金。
7.その他被助成研究者が研究開発環境の改善のために適切と判断した経費。
1.規定なし。
2.規定なし。
3~6.別表1において例示されているが、経費区分は「当該研究の応用等による研究活動の推進に係る必要経費」であって、「研究者の研究開発環境の改善」や「研究者の研究時間を確保」ではない。
7.規程なし。
要望3 被助成研究者の所属機関は以下のことを行うこと(所属機関から学内部局等に資金配分などをしている場合には当該部局等も同様のことを行うこと)
1.間接経費の使途について定めた取扱要領・マニュアル・方針等を公表又は配布・周知する。
2.「競争的資金に係る間接経費執行実績報告書」を公表又は配布・周知する。
1.「被配分機関にあっては、間接経費の使用に当たり、被配分機関の長の責任の下で、使用に 関する方針等を作成し、それに則り計画的かつ適正に執行するとともに、使途の透明性を確保すること。」と規定されているが、「公表又は配布・周知する」など具体的な方法については規定なし。
2.規定なし。

いまだに誤解してる人が多いので補足しておくが、要望書の主張は「間接経費を全額研究者に使わせろ」というものではない。「研究者の研究開発環境の改善」に一定の比重を置き、必要であれば要望2各号にあるような取り組みが可能なように共通指針を見直し、かつ要望3にある情報公開を徹底する、ということである(無論、具体的な比率や使途は大学や競争的資金を獲得した研究者が判断すればよい)。

このブログの別記事でも書いたように、本要望と同様の改革を各大学のレベルで行うことは無論不可能ではない。不可能ではないが相当に困難であり、実際にそのような取り組みを行っている機関はごく一部である。しかし共通指針を見直すことによって、その問題意識や取り組みが各大学に波及し、それが改革・改善の端緒となることが期待できるし、そのことは教育基本法における大学の自主性・自律性と何ら矛盾するものではない(上述のように本要望書は共通指針の見直しを求めるのみなので、仔細については各大学が最終的に判断することである)。また、本要望書は各配分機関が同様の取り組みを行うことを妨げるものでもない。

④仮に本要望が大学の自主性を脅かすとするならば、その大元の、すなわち国が共通指針を定めたり、配分機関において経費執行についての細則を定めることも大学の自主性を脅かすことになると言えてしまいそうであるが、しかし、そのような考えは少数派であろう。共通指針自体はなんら大学の自主性を損なうものではない(配分機関から配分された資金の使途を定めた文書に過ぎない)。にも拘わらず、共通指針の見直しを提起することが大学の自主性を脅かすというのは少し論理が飛躍してはいないだろうか。

⑤さらに言うと、2)の「運営費交付金の減額」問題とも重なるが、「間接経費を基盤的な運営経費として活用せざるを得ない」というのがそもそもの問題の構造的な要因であると思っている。おそらく例外なくすべての大学で同様のことを行っているであろう(個々の大学の運用の問題ではなく構造的な問題である、というのはそういう意味である)。そうであるとするならば、各大学の自主的な取り組みというよりは、運営費のあり方も含め、制度自体を変えないと改革・改善は期待できないのではないか。むしろ、これは財源をどうするかという問題を含んでいるので、やはり大学レベルでの対応には限界があるだろう。

2)運営費交付金の減額

これは間接経費をとりまくむしろ実体的な議論である。

運営費交付金が減少し、基盤的な経費が不足しているからこそ、競争的資金に伴う間接経費を基盤的な運営経費として活用せざるを得ないという事情がある。

①まず(a)間接経費をどのような趣旨の下に運用すべきかという規範的な議論と、(仮に(a)に何らかの方向性が与えられたとして)(b)間接経費をそのように運用することは財務上可能かという経験的・実体的な議論は論理的には区別可能であり、かつ(b)は(a)を否定する根拠とはならないのではないかというのが一点。

②そもそも間接経費の目的は第二次科学技術基本計画(平成13年)にある通り、「研究の実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費」であり、「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善や研究機関全体の機能の向上に活用する」ためのものであって、基盤的経費の不足分を補てんするものではない(これは共通指針においても同様)。

しかし事実上「間接経費を基盤的な運営経費として活用」という運用も可能であり、それ故に(a)の問題に合意したとしても、(b)の問題(財源の如何)が生じる。無論これは事実認識として理解できない話ではない。では次に間接経費と運営費の関係を少し別の切り口から考えてみよう。

③例えば学術研究懇談会(RU11)が基盤的経費の削減停止や充実を求めている(例えば「日本の国際競争力強化に研究大学が貢献するために(提言)」平成25年5月)。この趣旨自体は理解できる。しかし、運営費交付金の拡充やその他手段による運営費の拡充を求めるならば、なおのこと間接経費は本来の趣旨通り、すなわち「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善や研究機関全体の機能の向上に活用する」ために運用すべきではないか。間接経費を実際には基盤的な運営経費として活用しておきながら、他方で基盤的経費が不足しているので削減停止や充実を求めるというのは矛盾しているように思えるし、説得力はないだろう。むしろ、間接経費を本来の趣旨通りに運用した場合に、ただでさえ少ない基盤的経費がさらに不足するので、そのための代替措置(運営費交付金の拡充やその他手段による運営費の拡充)が必要であるというほうが、筋が通っている。

3)事務職員の少なさ

また、経費の問題に加えて、事務職員の少なさと専門性の低さも指摘しておくべきだろう。

この点には同意するが、だからこそ、「研究者の研究開発環境の改善」に特化した間接経費の運用(具体的には研究補助者や事務担当者の雇用)が必要なのである。私も以前のツイートで九大、東大、コロンビア大学の職員数を比較したことがあった(以下からはじまる一連のツイートを参照)。

ツイートのソースは下記である(コロンビア大は平成28年、九大と東大は平成27年(東大の学生数は平成28年)のデータなので比較には向かないが、参考程度ということで)。
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/university/publication/corporation
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/university/publication/number
http://www.columbia.edu/content/statistics-facts.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/per01/b02_03_j.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/stu04/e08_02_01_j.html

さらに補足すると、九州大学の場合教員1人あたりの職員数は約1.1人で、大学病院を除くと教員1人あたり0.6人。対してコロンビア大学は教員1人当たり職員4.3人、さらに大学病院を除くと1人あたり5.5人。日本に比べると事務組織の規模が大きく、知財・法務・財務・グラント担当・リサーチアドミニストレーター・入試・キャリア・障がい者・人権などそれぞれの問題に精通した専門スタッフも多く配置されており、教員が研究に専念できるような環境が整えられている。言い換えると、日本の場合は事務組織の規模も小さく機能が限定的なので、教員も事務仕事をしなければならないような状況があり、教員ないしは研究室単位で事務員等を雇用できるようにして個々の負担を減らす必要があると考える。

4)間接経費運用の現状

また、共通指針では、基本方針として「被配分機関にあっては、間接経費の使用に当たり、被配分機関の長の責任の下で、使用に関する方針等を作成し、それに則り計画的かつ適正に執行するとともに、使途の透明性を確保すること」ということが述べられているにも関わらず、各機関において方針が明示されておらず、間接経費の使途についても透明性があるとは言い難い。

この点については同意。異論はない。

5)間接経費を機関全体の運営に対して利用すること

間接経費を機関全体の運営に対して利用することは上記の例示にもあるように趣旨に反するとは言い難いものの、間接経費の一定割合が競争的資金を獲得した研究者の教育負担や事務負担を削減するために活用されるのは、研究を進めていくインセンティブとして当然のことであると思う。

①共通指針で述べられているように、間接経費の目的は競争的資金の効果的・効率的な活用であり、しがたって研究機関の機能の向上とは「(競争的資金を効果的・効率的に活用できるような)研究上の機能の向上」であるべきである。そのように考えた場合に、「間接経費を機関全体の運営に対して利用すること」のなかにその趣旨に反した運用がないとは言い切れないのではないか(例えば、共通経費としての使用は「研究機能の向上」に資していると言えるか?)。無論、すでに述べたように現行共通指針は曖昧かつ裁量の範囲が広いので、「趣旨に反するとは言い難い」を「規定上明確な瑕疵があるとは言えない」と理解するのであれば、とくに異論はない。ただそのことと、間接経費そのものの趣旨に反しているか否かというのは一応区別すべきではないかと考える(それ故に結局問題は各大学の運用にあるというよりは、むしろ制度設計そのものの曖昧さということに行き着く)。

②また、「間接経費を機関全体の運営に対して利用すること」の是非を評価するためには次の2つの点を考える必要があるだろう。(a)間接経費を機関全体の運営に利用することによって、研究機関全体の研究機能が向上しているか?そして、(b)仮に研究機関全体の機能が向上しているとして、もう一方の柱である「研究環境の改善」をどのように達成するか?という問題である。立場によっては(b)を切り捨てるという考え方もあるし、要望書としての主眼は(b)にあるのだが、現状、間接経費の使途が明らかではない以上、(a)のレベルから検証を進める必要があると考えている。

6)間接経費と機関評価との関係

またそもそも、競争的資金の獲得は機関評価に活用されるもので、競争的資金獲得→評価高→運営費交付金高が成り立つのであれば、間接経費を機関の運営費に使うのは不適切であるように感じられるし、大学の評価を上げるため、間接経費を通じた運営経費を集めるために所属研究者に競争的資金への応募を強いるのは望ましくないと思うのである。

この発想はなかったが、もっともな主張であると思う。

7)間接経費が適切に使用されるようになったら

しかし、そうするとすればこれまで本部に吸い上げられていた資金が当該研究者の方に配分されるようになるのであろう。そうするとその先に予想されるのが、(もう既にほとんどない)本部から学部への資金が減少するということである。運営費交付金自体をどうにかしなければ、結局本部から部局を通して薄く広く配られる資金が、競争的資金を獲得した研究者の間接経費の措置に振り返られるだけかもしれない。

この点は問題意識としては同意する。2)③とほぼ同様の考えだが、運営費交付金の拡充を要求するにせよ、他の財源による運営費の拡充を要求するにせよ、間接経費を運営費として用いている現状でそれを主張してもあまり説得力はないと考える。大学の裁量で使用できる運営費が必要と言うのであれば、なおのこと競争的資金の間接経費は「競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善」、「研究機関全体の機能の向上」に活用し、しかしそれでは運営費が不足するので運営費交付金ないし他の財源による運営費の拡充を求めるほうが合理的ではないだろうか。

最後に

これは「ふたばの日記」さんとはあまり関係ないのだが、以下雑感。

予想されていたことではあるが、この問題の背景には深刻なコミュニケーション不足があると思う。そもそも管理運営側の教員と競争的資金を獲ってくる側の教員-文系の場合、両者は一致していないことが多い-の間で考え方がかなり違うし、自分も含めて溝を埋める努力をこれまでほとんどしてこなかった。情報公開されてないところで管理運営の苦労だけ言われてもおそらく説得力はないだろうし、同じことは外部資金を獲得してかえって事務地獄に陥っている側にも言えて、この辺の切実さはかなり温度差があるのではないかと思う。結局は、個人の認識差というよりも(それが事実としてあることは否定しないが…)、情報と意識の共有が全然足りていないということを認識することから始めなければならない、と思うのである。

 


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