2015.05.29
先日、国立大学協会の政策研究所・所長自主研究として、鈴鹿医療科学大学学長・豊田長康先生の「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究」(5月25日)という報告書が公開されました。
論文数の分析を中心に日本の学術研究の低迷がかなりクリアーに現れていました。人口あたりの論文数、生産人口あたりの論文数、GDPあたりの論文数はいずれも低く、先進国では最低水準です。これらの指標で見る限り、日本は30~35位のあたりをうろうろしていて、なんと東欧グループと同水準です!
おそらく日本の研究環境はもうガタガタで、辛うじて旧帝大等の主要大学がその水準を維持しているといったところでしょうか。とても暗い気分になります。以下、悲観的な分析が続いていきますが、かなり抜本的な改革をしない限り日本が研究後進国に転落するのは時間の問題と言えそうです。
国際競争力が高かった分野ほど論文数の減少が激しいことから、日本の主要な学術分野においては、すでに最大限に近い努力がなされており、競争的環境や評価制度によって研究者あたりの論文数が増加する余地は小さいと推測(38頁)
分野別に見ていくとさらに深刻性が良く分かりますが、「工学系は国際競争力が最も高かったが、2004年以降論文数が減少し、競争力低下。生命科学系は停滞し、競争力が低下。臨床医学は停滞し、競争力が低下していたが、最近やや回復傾向。農学系、理学系は増加傾向が鈍り、競争力が低下。社会科学系は増加しているが、当初から国際競争力は低い。」(22頁)などの分析が述べられています。社会科学も検討してはいるものの国際競争力が低く、英語による論文が少ないことが足を引っ張っているようです(21頁参照)。この辺はやはりそうかと言うべきか…残酷なほど数字に現れています。
興味深かったのは、「国際共著率と相対インパクトは正の相関をする。」(46頁)という分析で、要するに国際的な共同研究を行って共著論文を発表した方が国際的なインパクトは大きいということでしょうか。これは一般的な研究者の感覚とも合致しそうです。
個人レベルではいろいろとできることはありそうな気もしますが、組織体制としてはどうでしょう。報告書の分析は続きます。
各大学とも外部資金の獲得等に努力してきたが、運営費交付金削減の法人化による代償効果は、附属病院を除いては限界に達し、交付金削減がそのまま教育・研究機能や組織の縮小として反映されるフェーズに入っている。 (141頁)
論文数の押し上げ効果が最も高いと推定されるのはFTE研究者数(今回は常勤教員数で分析)、基盤的研究資金であり、外部資金では科研採択件数である。重点化(選択と集中)性格の強い資金は低い。(同上)
国立大学の論文数の停滞・減少をもたらした主因は基盤的研究資金の削減(およびそれに伴うFTE研究者数の減少)であり、さらに重点化(選択と集中)性格の強い研究資金への移行が論文生産性を低下させ、国際競争力をいっそう低下させたことが示唆される。(同上)
現在の基盤的研究資金の削減と、重点化(選択と集中)性格の強い競争的資金への移行政策が継続された場合、日本の国際競争力はいっそう低下し、日本のイノベーション力を低下させ、経済成長に負の影響を与えることが懸念される。(142頁)
怖ろしい指摘が続いていきます。いくつか補足すると、FTE研究者数とは研究者の頭数×研究時間を意味します。そして、運営費交付金とは文部科学省から各大学に配分される経費で、その中から大学から各研究者に配分される個人研究費が支出されます。科研費とは文部科学省および日本学術振興会が行っている競争的資金です。文科省からの運営費交付金は年々減額され、国立大学ではそれに連動して各研究者に配分される個人研究費を減額してきました。また、個人研究費を大幅に削減し、その代わりに特定プロジェクトや特定部局に重点的に投資するということも行われてきました。重点化(選択と集中)とはそういうことです。しかし、この分析によると、科研費はともかく、重点化資金は論文数の押し上げ効果が低く、むしろ運営費交付金などの基盤的研究資金の押し上げ効果が高いとされています。つまり、日本の国立大学はこれまで効果が低い施策を一生懸命行ってきたということになります。
日本の研究国際競争力を回復するためには、各大学の基盤的研 究資金、FTE研究者数(研究者の頭数×研究時間)、および幅広く 配分される研究資金(狭義)を確保し、日本のピーク時に回復するためには25%、韓国に追いつくためには50%(1.5倍)、G7諸国や台湾に追いつくためには100%(2倍)増やすことが必要である。(142頁)
繰り返しになりますが、FTE研究者数とは研究者の頭数×研究時間ですから、たとえば、FTEを2倍にするためには単純に、講座の教員定員を倍にする、または研究時間を確保するために教務負担を半分にする必要があります。無論、こんなことができる国立大学は日本にはないでしょう。もしくは基盤的研究資金で言うと、運営費交付金を倍にするなどすると確かに目に見える効果が現れそうな気はします。しかし、これもいまの現状では不可能でしょう。
とても勉強になったのと同時に、とても気がかりな要素を多く含む報告書でした。日本の研究競争力はどんどん下がっています。このまま復活できないかもしれません。では一体どんな可能性があるのか。組織レベルで見ると、マンパワー(それが負担軽減と研究費の確保にもつながる)と研究費の確保が急務であるようにも思います。個人レベルで言えば、研究(それも国際レベルの)をしていくしかないのですが、さしあたりは、研究費の確保と国際共同研究の企画や実施が今後はますます重要になっていく事でしょう。ひとりひとりにできることは限られていますが、改めて身の引き締まる思いがしました。