大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

AI社会論(2)

2016.05.4

AI社会論(2)

 

前回のエントリーでは「AI時代に『人文社会科学』は不要なのか?」という記事を紹介した。この記事には続編がある。「AI時代のイノベーションは「学際領域」から生まれる―「人工知能社会論」からの考察」である。

この中で、HELPSという概念が解説されている。。これは「哲学」(Humanity)、「経済学」(Economics)、「法学」(Law)、「政治学」(Politics)、「社会学」(Sociology)の頭文字であるという。哲学が何故Humanityなのか気になるところではあるけれども、これは要するに最先端のテクノロジーやエンジニアリングに人文社会科学の知見を活かしましょう(似たような試みはあちこちにある)ということのようだ。さらに、これはそもそも、90年代の「ヒトゲノム・プロジェクト」の際のELSI(Ethical, Legal and Social Implications 倫理的、法的、社会的諸問題)ーつまりこれに該当する人文社会科学の研究に研究費を配分しましょう―と同様の発想であるようだ。

さらにこの記事では、社会科学だけでなく人文系の知識も必要であるということが力説されている。それは欲望・感性・価値観につながるのが人文系の学問であるからだ。「文化資本こそが、クリエイティビティの源」という言葉もでてくるが、これはつまり、機械化が進めば単純作業やテクニカルな作業は自動化されるようになるので、人間の感性・価値観に直接うったえかけるようなクリエイティブな仕事が重要になる、その際に求められるものが文学全集や百科事典などを教養・知見として持っていること、すなわち文化資本であるという。

この議論、半分くらいは即座に首肯できるものだろう。高度にテクノロジーが発達すれば、機械化・自動化できないものの価値や二ーズが上昇することは想像に難くない。しかし、他方でモノを売るためのマーケティング戦略として人文社会科学が必要なのだという発想のようにも読めてしまうので、そこはやや違和感が残る。ただ、HELPSのうちELPSが具体的な社会的インプリケーションと結びついており、テクノロジーやエンジニアリングの課題と同様にこれらの社会的課題を考えなければならないというのは理解しやすい話であるし、今後重要性を帯びてくる考え方ではないだろうか(その際に、社会科学が自然科学の補助学問、出先機関のようにならないことが肝心なのであるが…)。

問題はこの際のHの位置づけではないだろうか(これが哲学になるのか人文学全般になるのかは分からないが)、社会科学の基礎理論(つまり感性や価値の基礎理論)としてHumanityをおき、Humanityの応用分野として社会科学を位置づけるというのはわかりやすい構図である。そうするならば、文理融合の前に、人文と社会科学の融合が模索されなければならない。具体的にはHをハブとしてELPSがいかに関連付けられるかという課題である。イノベーションが学際領域から始まるというのはその通りで、以前のエントリーにも書いたが、連携と融合は区別されるべきで、単なるパッチワーク、寄木細工ではない知見の統合が重要なのである。

こういうことを考える上での俯瞰図として面白いと思ったのは最近読んだMITのNeri OxmanのAge of Entanglementという論文。この論文の中で下図が示されている。これは単に文系/理系を分けたものではなく、文/理と基礎/応用をそれぞれ分け、人文/社会科学/理学/工学を図示したものである(わかりやすくするために人文/社会科学という訳語をあてているが原文はartとdesign)。基礎理論Perception(人文/理学)の中心に哲学をおき、応用実践Production(社会科学/工学)の中心に経済学をおいている。これは人文/社会科学/理学/工学という4分割を採用した上でそれぞれの特性を理解し、それぞれの知見を統合させることを企図したものである(同時にこの図では応用可能(A)なものと応用不可能なもの(NA)をきちんと区別している)。学際的な知見の融合を考える上では非常に示唆的な問題意識であろう。
 

The Krebs Cycle of Creativity
“The Krebs Cycle of Creativity,” by Neri Oxman, MIT Media Lab, January 2016.

 


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