大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

細谷雄一『国際秩序―18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書、2012年)

2015.04.2

国際秩序 - 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ (中公新書)
新学期ということで、とりあえず学部生向けに国際政治学・国際関係論向けの本の紹介をしていきたいと思います。

本書は、主にヨーロッパの国際関係史を取り上げながら国際秩序の変容を考察し、国際政治・国際関係の動態を歴史的・理論的に捉えた入門書です。新書のため構成も非常に読み易いものとなっています。国際秩序の変容を均衡(balance)・協調(concert)・共同体(community)という三つの視角から捉えている点が特徴的です。

こうした見方自体がマーティン・ワイト(Martin Wight)やへドリー・ブル(Hedley Bull)に代表される英国学派(English School)の影響を抜きに語ることはできませんが、より広く国際政治学というコンテクストで言えば、リアリズム/リベラリズム/マルクス主義(または構成主義)と国際政治の理論枠組を三分類した上で、その発展過程として国際関係史や理論史を俯瞰する試みはこれまでも繰り返し行われてきました。このように多様なアプローチを対比させた上で、それらの異同や変容から国際政治・国際関係を記述していくというのが国際政治学の最もオーソドックスな研究のあり方と言えます。

本書は著者がイギリス外交史研究の専門家であることもあり、歴史的アプローチからみ国際関係史の記述を土台として、そこから理論的な知見を導き出し、またそれを歴史的な検証に応用するといった理論研究と歴史研究との往復運動(またはそれを行おうという問題意識)が見られます。また実際の歴史をかたちづくった思想形成の面では、ホッブズ、ヒューム、ヴァッテル、アダム・スミス、バーク、カントなどの数多くの思想家のテクストに触れながら、E.H.カーやモーゲンソー、キッシンジャーといった20世紀の国際政治学者たちの展開へと議論を接続しています。欧州統合の父・ジャン・モネを今日のグローバル・ガバナンスとの関連で考察したり、民主党政権以降のアジア太平洋の秩序形成についても理論的モデルを用いた分析を試みており、本書の対象とする範囲(または潜在的に適用可能な範囲)は非常に幅広く、過去から現在に至るまでの国際秩序の動態をカバーしていると言えます。

その上で、本書の結論部では、そうした国際社会のあり方を規定している政治的理念についても考察しています。イギリスの国際政治学者メイヨール(James Mayall)の連帯主義(solidarism)と多元主義(pluralism)の議論がそれにあたります(メイヨールの議論については『世界政治―進歩と限界』(勁草書房、2009年)を参照)。つまり、国際政治を考える上では、世界全体・人類全体に共通する普遍性やその普遍性をめぐる連帯という価値がある一方で、それぞれに異質な他者同士が互いの差異を尊重しあうという多元主義的な価値も存在しています。前者はリベラリズム、後者はリアリズムの理論に強く現れていますが、本書は国際関係史の流れを俯瞰しながら、こうした政治的価値のジレンマを実に良く描写しています。理論と歴史のバランスを取りながら、国際社会、そして国際秩序とは何かということをコンパクトに論じた良書ではないかと思います。

 


コメントを残す

Required:

Required:

Required: