大学院法学研究院 准教授
大賀 哲

米大統領選挙

2016.11.16

ホワイトハウス

 
驚きのアメリカ大統領選挙から一週間がたった。マンハッタンはまだ慌ただしく連日のように抗議デモが行われ、それが全米に波及する勢いを見せている。自分の周りはショックのあまり勉強・研究が手につかないという人たちが一定数いる。安倍首相は早速今週にもニューヨークでトランプと会談するらしい。トランプ大統領誕生でおそらく日本の対外政策は大幅な進路変更を迫られることになるだろう(または変更を迫られないまでも、不安定要因が増すことになるだろう)。

変更を迫られるというのは、安保法制とTPPというこの4年くらいの間に安倍政権が進めてきた外交政策ほとんど無駄になる可能性が高い。安全保障のほうから考えると、トランプは日米安保条約の見直しについて繰り返し言及している。詳しくは「日本や他の国を守る限り、我々は大金を失うのです。我々はサウジアラビア、日本、韓国などを守り続けるわけにはいかない。同盟国との協定を再交渉する必要があると思います。」と言っている(アメリカ大統領選 第3回テレビ討論会・10月19日夜)

安保法制は基本的にアメリカとの間の「集団的自衛権」を前提にした考え方なので、日米安保条約が見直され、たとえばアメリカがアジア太平洋から撤退するという事態になれば、戦略的前提が根本的に変わってしまうので、実質的には白紙化する。ただこれは最悪の場合のシナリオで、他方でトランプは韓国に対して防衛維持を表明していたりもするので状況は読みにくい。

TPPについては明確に脱退すると言っておりその後も訂正されていないので、そうなる可能性が高い。アメリカが抜けた後そもそもTPPが持ちこたえられるのか、中国・ロシアが入ってくるのかこれまた未知数である。中国は日米に対抗するためにアジア・インフラ投資銀行(AIIB)を作ったので、すんなりとTPPに乗っかってくるとは思えないが、逆にアメリカが抜けた後のTPPに入って経済覇権を求めるというシナリオもありうる。寧ろ、アメリカの立場に立てば、中国の影響力拡大を抑止する(中国に対してbalancingする)という発想ならばTPPはなんとしても進めると思うので、アジア太平洋の国際秩序をトランプがどう考えているのかは全くもってよく分からない。

日米安保条約の負担の軽減ということで考えると、そういう圧力は従来からあった。顕著なものはオバマ政権の「リバランス(再均衡)」である。リバランスとトランプの主張の違いを考えてみよう。リバランスの主眼は(同盟国との)負担の共有ないしは移動。対してトランプの主眼は負担の放棄あるいはそこからの撤退である。別の言い方をすれば、安全保障についてはコミットメントを下げるが経済のそれは上げるというのが前者であり、安全保障・経済いずれのコミットメントも下げるというのが後者である。この点でもやはり、国際関係を真剣に考えていないのではないだろうか…という印象が強い。

さて、安全保障と経済でアメリカあてにできなくなると、アジア(orアジア太平洋)は不安定化する。そこで日本が自立路線を打ち出すという方法もあるけど、中国・ロシア相手にどこまで独自路線でいけるか、心許ないところである。戦後の日本外交を振り返ると、①日米同盟以外のオプションで外交行った経験が極端に乏しい ②アクターの多い多国間外交がとても苦手(WTOとか国連とか北朝鮮関連とかetc.) ということは考えたほうがいい。

逆に、トランプ当選で対米従属から日本が自立する好機である!という声も左右を問わず聞こえてくる。例えば、右巻きの主張では米軍撤退で自衛隊を国軍化するというような声もあるのだが、これは物理的に難しい。日米安保前提で専守防衛の装備しかない自衛隊をアメリカ抜きでも戦える装備にして錬度を高めてということになると、いったい何年かかるのだろうか。しかも、人口動態見ても経済動態見ても今後日本社会は縮小傾向なので、この路線は厳しい。これは左巻きの主張でも同様。米軍が撤退した場合、その後のアジア太平洋地域は極度に不安定化するので、日本が独力で外交・安全保障を考えていくことが難しくなるだろう(これについては前述のように撤退しないという可能性もそれなりにあるので、なんとかうまく凌げそうという見立ても可能ではある)。

日米関係でみると、(米軍撤退やTPP脱退をすぐにしなかったとしても…)トランプは今後、撤退カードやら反TPPカードをちらつかせてくるだろうし、中国はそれが分かっているので、足元を見たような示威行動をとってくるだろう…。そうすると結局、東シナ海、南シナ海が不安定化するにで、日本にとってはしばらく正念場が続くことになる。

安倍政権まわりの初動は、とりあえず様子見、こちらの手札は変えず相手の出方を窺う、あわよくば手持ちのカードでなんとか押し切るといった具合。他のオプションも考えていると思うが、ポリシー変えるコストがかなり高くつくのでできれば変えたくないというあたりではないだろうか。過去を振り返れば、「テロとの戦い」・「TPP」・「アミテージ・レポート」あたりも外務省にとっては迷惑な話だったと思うのだが、それでも適当にお茶を濁して数年すれば環境が変わったり、大統領が変わったりして、出血はあるけれどもなんとか凌いできたわけで、そういう計算をしている官僚筋がいてもおかしくない。具体的に「在日米軍は撤退せず多少負担が増える程度」に持っていくくらいなら(長期はともかく)短期的にはおそらく可能だろうし、(アジア太平洋にコミットメントする)国際協調派の大統領が生まれるまでそれで凌ぐという戦略はありうる。国連があの通り、EUもどうなるかわからん…となるとそれなりに現実的な選択肢のように思う

他方でここ数日の報道を見ると、トランプが選挙期間中に言ったことを次々と前言を翻しているようでもある。だとすると、日本への影響も最小限で済むのか?となるのだが、最後にこの問題を少し考えてみたい。国際政治として考えると、選挙で言ったことを簡単に反故にするような指導者のコミットメントをどこまで信用できるのか??という問題。これについては実は興味深い先行研究が二つある。アイケンベリーとミアシャイマーだ。

まずアイケンベリーの『アフター・ヴィクトリー』。民主的国家はそうでない国家に比べ国内から支持を調達しなければならず、そうであるが故に民主的国家のコミットメントは信頼できるという議論。つまり、民主的国家はいくつもの手続きを経て国内の多くの利害関係者から支持を獲得し、その上で政策や関与を決定しているので、それが簡単に変わることはなく、国内の利害関係者の支持が背景にあるので信頼性が高いという主張である。

他方、真逆の議論がミアシャイマーの『なぜリーダーはウソをつくのか』。政治指導者は国際政治ではほとんど嘘をつかないが、国内では頻繁に嘘をつく(つまり他国に対しては約束を守るが、国民に対しては約束を守らない)。 ミアシャイマーはこれをリスクの問題として論じている。つまり他国に嘘をつくと報復される可能性が高い(報復の被害は多くの場合甚大である)が、国内の場合約束を守らなかったとしても、政治指導者はなんとか逃げおおせてしまう。つまり、国内のほうが嘘をつくことのリスクが少ないのである。

アイケンベリーの理屈で考えると、トランプのようにころころ言うことが変わる政治指導者の国は信用できないし、国際社会での影響力も低下するということになる。他方、ミアシャイマーの論理でいけば国内向けの発言なんてそもそも信頼性はなくて外交上の発言だけが信頼に値するということになる。トランプ外交はまったくの未知数であるが、しばらくは静観するしかなさそうである。

 


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